ひび健太郎について

ひび健太郎の想いをつなぐ5つのお約束

ひび健太郎ビラ
ひび健太郎ビラ

ひび健太郎のプロフィール

1980
日比健太郎 11月13日 名東区生まれ
小さい頃から、頑固でやんちゃ。
星が丘マタニティ病院で生まれ。
地元の上社幼稚園で育ちました。
1996
猪高中学校 卒業
家のすぐそばの猪高小学校を卒業後、猪高中学校に進学。
2年生で代議員、3年生で生徒会役員を務めました。
初めての選挙戦が3年生の生徒会役員選挙。手作りのポスターと、友達にお願いした応援演説。とてもいい思い出です。
2003
名城大学 理工学部 建築学科を卒業
名城大学付属高等学校を卒業後、父が同じ大学を卒業し設計士をしていることもあり、名城大学 理工学部 建築学科に進学し、大学では苦手の理系科目と格闘しながら4年間を過ごしました。
学生時代
数々のアルバイトを経験しました。
・ガソリンスタンド・家庭教師・結婚式場・ホテル・アパレル・劇場(劇団四季)他
特に結婚式場ではメインホールのスタッフリーダーとしてたくさんの人の門出に立ち会い、様々なことを学びました。
一人旅
はじめは傷心旅行のつもりで行った海外一人旅。
航空券だけを握りしめあとはすべて現地で。
長期休暇を利用し、アジア・アメリカ・EU・中東など20ヵ国以上をまわりました。
途上国では一泊数百円の安宿相部屋に泊まり、毎日が旅仲間たちとの出会いと別れ、そしてたくさんの見たことのない素晴らしい文化に触れる日々を過ごしました。
転機
海外の素晴らしさに触れる反面、海外にない日本の素晴らしさにも気付かされました。どの国にもない日本の、豊かさ、環境、文化を守る仕事がしたいと考えるようになりました。私が、政治の道を志す人生の大転機となりました。
2003
政治の世界への第一歩
大学を卒業し、地元の大先輩とみた勝ぞう市議の門を叩き、話を聞くうち、市議の政治姿勢、議員としての在り方など、多くの考えに共感を抱き、政治活動や選挙などの手伝いをするようになりました。
選挙では友人、知人らに呼び掛け、「若者政治応援団」を結成し応援演説や街頭活動などを積極的に行いました。
2003
古川元久 衆議院議員 秘書 名東区担当
「魅力ある国をつくる」という代議士の志を実現するため地元名東区におきまして、代議士と皆さんとを繋ぐ役割を担わせていただきました。
政治とはたくさんの人に支えられ成り立っているもの。
その原点を改めて実感した3年間でした。
2006
名古屋市政に挑戦するため9月に退職。
2007
4月8日 名古屋市会議員選挙におきまして地元名東区から、9,915名の皆様のご期待をいただき、初当選させていただきました。(26歳)
2011
3月13日 名古屋市会議員選挙、7,687名の皆様のご期待をいただき2期当選。(30歳)
教育、子育て、保育など、これからの日本、名古屋を支える優秀な「ひと」を育てることをライフワークとして、日々の議員活動にあたっています。
2015
4月13日 名古屋市会議員選挙、11,506名の皆様のご期待をいただき3期当選。
現在
同志社大学大学院 総合政策科学研究所 在学
実務経験を積むなかで様々な価値観や考え方にふれ、学問領域から見る政治を改めて学びたいと考えるようになり、議員活動の傍ら同志社大学大学院の門を叩き研究を行っています。
ひび健太郎

役職:所属委員会

2011
土木交通委員会:副委員長
都市活力向上特別委員会:副委員長
2012
財政福祉委員会:委員
防災災害対策特別委員会:委員長
2013
教育子ども委員会:委員長
2014
総務環境委員会:副委員長
名古屋市会学童保育議員連盟 幹事長
2015
経済水道委員会 副委員長
公社対策特別委員会 副委員長
2016
経済水道委員会 委員
大都市制度・広域連携促進特別委員会

[趣味]
テニス、一人旅、銭湯、読書、犬と遊ぶ(ゴールデン飼ってます)
[血液型]
AB型
[大事にしていること]
いつも笑顔でいること。
[好きな作家]
浅田次郎 東野圭吾 北方謙三

ひび健太郎の政治姿勢

私の目指す社会は、持続可能で、将来に安心感をもてる社会です。
子どもたちが健やかに育ち、何事にも積極的にチャレンジができる社会こそ、
今の日本が目指すべき理想ではないでしょうか。

ひび健太郎

01.充実した教育、子育ての実現

私が最も大切にしたいのはひとづくり。
「国づくりはひとづくりから」
優秀な人材が育つことこそ、この国や地域の将来を明るいものにし、発展してゆく唯一の方法です。そのために、保育園、一時保育、リフレッシュ保育など、子育て支援策の拡充や経済的支援、放課後児童対策の充実や、子どもの学力向上に社会性を育むための教育方法の導入など、子どもにかける社会資源を拡大し、あらゆる面から子どもたちの育ちを支えます。

02.「あれもこれも」から「これだけは」へ

市民サービスは過去ずっと肥大化を続け、現在では毎年の収支が成り立たない状態です。このままでは、医療や福祉などの絶対に必要なサービスも維持できなくなる危険性が高く、すでに国政では、年金や介護の削減が進められています。やるべきことはやる、我慢すべきところは我慢する。正直で持続可能な政治に改める必要があります。

03.信頼できる市政に

目先のことだけでなく将来を見据えた計画的な行政こそ何よりも大切です。人気取りや、パフォーマンスで、たくさんの新人議員を出した、河村市長率いる減税日本からは、税金の不正受給や詐欺、当て逃げ、女性を伴った視察や薬事法違反など、問題が相次ぎました。持続可能で信頼できる市政の実現こそ、連綿と続く姿勢に、そしてこれからの市民生活に必要です。